まるお【T駅を降りて】【T駅を降りて】T駅は通過するだけの駅だった。 最寄駅のひとつ手前なので、降りる支度にとりかかる目安になる、 それだけの駅だった。 それが、ほとんど毎週乗り降りするようになった。 去年の夏、ネコの具合が悪くなり、獣医さんにかかるようになった。 ネコは十三歳で、食道炎を患っていた。 ネコは、動かすことが出来ないくらい衰弱し、確実に死に近づいていた。 そうとわかっていても、ネコを置いて、ひとりで病院へ行く。 あれこれと通院をする。 何かしないではいられないのだった。 病院に行き、先生に状態を話す。 薬をもらう。 指示を受ける。 そのことを繰り返した。 それだけが、唯一のしてやれることでもあった。 病院はT駅からバスで三つ目のところにあった。 薬をもらいに行くために、”こどもどうぶつ園行き”に乗る。 白く広い道は、往き交う車も少ない。 そんな河のような道を行く。 行く手には武蔵丘陵が、ゆったりと両手を広げるようにあった。 駅を過ぎると、人家はすぐまばらになり、道路の両側には、野原のような空き地が続く。 ときどき草花を摘んで、帰ったりした。 T駅を降り、バスに乗れば、そこにネコのイノチの電源があるように思えた。 白い大河のむこうの山々が、私をその思いもろとも、 両手をひろげて迎えてくれるように、感じた。 ネコは秋のはじめに逝った。 T駅を私は電車で通り過ぎる。 気がつくと、電車は私の心象の中を走っている。 ..... ジャンル別一覧
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